「不二」 過去の記事  【紹介期間:平成30年1月〜】

 掲載号等  【第44号】:平成3年4月発行 

名古屋 徳源僧堂 江松軒 嶺興獄老師

布教活動に燃えよ!

 
    
 

今時の坊さんは
 世間で「今時の若者は・・・」と、いろんなことを言われるけれど私はそうは思いません。あまりにクローズアップされる社会現象を鵜呑みにしてしまうことには気をつけなくてはなりません。どちらかというと我々の若かった頃と比べてみても、今の若い人達の方が純粋であるような気がします。育った時代が良かったのでしょうか、素直に育っているようですね。当然、宗教界でも同じで、この素直であるということは、宗教活動に対しても一番大切なことではないでしょうか。
 その素直である若者たちの間で、占いとかオカルトが宗教的に流行っているのは、一つには我々の怠慢があるのではないでしょうか。
 お坊さんが集まって囗を開けば「忙しい、忙しい」と言っている。何かそんなに忙しいのかというと、法事とかお葬式のことがほとんどなのです。お布施の中身の話しばかりしている和尚さんたちに、今の若い人たちが何を求めるというのでしょう。実に不安だと思います。
法事や葬式も大切だけれど、もう一つ大切なこととして布教活動を決して忘れてはならないと思います。そういった意味でも全国各地の青年僧の方々の活躍に期待しているわけです。
 
 
開山様は燃えた人
 開山様は、ものすごい情熱で布教をされていたわけです。外に向かっては布教に励み、内に向かっては自分の遺志を継ぐ人の育成に当たっておられた。大変な努力ですよ。
 しかしながら、この開山様の意志も人を重ねるにつれて、段々と影のうすいものになって、その時の開山様の情熱がなくなってくるように思えます。それかある時、例えば白隠禅師といったような開山様と同じ情熱を持った人物が現われてきたのです。
 布教活動に燃える青年活僧の方々には、失敗をおそれることなく活躍する教場所を作っていっていただきたい。坐禅会や講演会を行うにしてもいろいろとネックになることがあると思います。資金のことにしても協力者にしても不安かあるでしょうが、小さな積み重ねを大事にして燃え続けていただきたいのです。自分か燃えようとしたきっかけをいつも振り返って、進路を正してほしいのです。そしてつまずいた時には、僧堂を覗いてその空気を思い出してほしいですね。
 一昔前なら、「そんな暇があったら草の一本でも抜いてみろ」「お経の一つも覚えてみろ」といった面に力が注がれていたようだけれど、そういった時代からみるとずい分かわってきたようには思いますね。十年前には、これ程各地に青年僧の会が存在することさえ考えられなかったのだから・・・。
 やはり宗教家は布教活動が大であって、もし自分かやれないのなら、燃えている人たちに理解を示していくことが大切なんじゃないでしょうか。
 
 
家庭の中での宗教活動
 物質的に貧しかった時代にはその貧しさから救われるためにも宗教的な生活が行なわれてきたように思います。昔の家庭では、みんなが手を合わせてご飯をいただいていました。ご先祖様にお供えするということもやかましく言っていたし、物に感謝する気持ちといった事では宗教的なことだけど、それがピッタリ生活の中に入っていました。
 それが物が豊かになった今日において、おやつ一つにしても食べたかったら食べなさい。ですむわけですから、感謝するものが何もなくなってしまった。感謝するということは、物や食べ物だけにするわけじゃないのだけれど、物が豊かになった時にすべての感謝の気持ちも一緒に捨ててしまったんだと思います。「ありがとう」も「おかげさま」もみんな捨ててしまった。今、それに気付くチャンスがあるとしたら親が死んだ時ぐらいじゃないですか。
 時代の風潮ということもありましょうが、まず親の責任が大きいと思えます。親が子供にご機嫌をとっていては、しつけなんてできやしないですよ。私は「和顔愛語」という言葉が大好きなんですが、いつも二コニコしていてやさしい言葉をかけるばかりが、和顔愛語ではないわけで、そういうものがでてくる心が大切なわけです。今はきびしさが欠けているように思えますね。一人一人の親は、そのことに気付いているんです。が、自分は子供の機嫌をとるばかりで、何か問題がおきると学校や社会に責任を求めてしまう。そして子供をお寺に預けたりして又、人任せにしてしまうのです。なかなか自分をかえられないわけですよ。
 悪い子供だって素晴らしい人間になることは幾らでもあるんだし、親だって一生懸命育てようとしているんだから。ただ、根本的なところまで目が届かないで目先のことにとらわれてしまっているのです。
 登校拒否の子供を持つ親なら学校へ行ってくれることだけを望んでいたり、万引きをした子供の親は万引きさえ治ってくれたらいいと思っている。玄関の履物がバラバラで台所がメチャクチャの家庭では、そういったことに目を向けていくことから始めないと駄目なんです。
 教育の方法も変わってきたからといって、一番肝心なところまで捨ててしまうのではなくてそういった人達を救っていくのが、心に関わる宗教家の役目だと思います。そして私たちは禅宗なのですから、坐禅を大いに活用していきたいものです。そういったところで和尚の真摯な姿をみて、親や子が自分自身を変えていくきっかけをつくることもできるでしょう。
 
 
人の死
 今日臓器移植の増える中で脳死という問題が掲げられています。臓器移植もケースバイケースで、七十年・八十年と平均寿命が伸びる社会の中にあって、まだ幼な子がこの世を去らなくてはならないことは堪え難いことで、移植によって延命できるものならしてあげたい。しかしいたずらに延命だけに力を注ぐ手段としての移植はどうなんでしょう。どんどん拍車がかかりお金で命さえも操作する社会になったら恐ろしいことです。
 先程も言いましたが、豊かな時代に感謝の念を思い出させてくれるチャンスがあるとしたらそれは人の死です。
私も寺を継ぐ気もなく岐阜大学に通っていた頃、祖父が亡くなり大変なショックを受けました。祖父が死んだというショックと、その葬儀の導師でおみえになっていた瑞雲軒老大師の迫力にまいってしまったのです。物の見方がかわりました。それでいろいろ仏教関係の本に目を通したけれどよくわからない。人生についていろいろ考え出したのもこの頃で、わざわざ時間の余計にかかるバスで通学し、車内であれこれ物思いにふけっていました。
 私の生まれたところが寺であったことも影響していたのでしょうが、花園大学に転校しました。大井際断老師が無門関の集中講義の中で、「ここんところは僧堂でやるしかない」といわれた中に、僧堂という未知の世界があることを知りました。
 徳源寺に掛塔して二、三年すると自坊からもう帰ってこいという催促がありました。これは今も同じですね。だけど自信がなかったんです。そのまま帰って寺をやっていく自信が・・・
 
それでおれにはもうあとがないと一生懸命やっているうちに月日が流れてしまったようです。今思えば、もしあの祖父の葬儀を縁に、瑞雲軒老大師に逢わなければ、又違った人生を歩んでいたかも知れません。