「不二」 過去の記事  【紹介期間:平成29年11月〜】

 掲載号等  【第37号】:平成元年6月発行 

愛媛 大乗僧堂師家 澤井進堂老師
「徳弧ならず 必隣あり!」
 
    
 

現代禅僧の生き方とは
 戦前と戦後では寺院生活はもとより、社会生活も一変して来て居り、そのような時代でありますが故に一層一人一人が納得して、その道の為に精進努力しなければならない時代に来ていると思います。
 その為には、初心時正覚を成すの言葉の如く、僧堂掛搭の時の事を忘れず、綿々蜜々に、如法に精進して行きたいと考えます。
僧堂の生活は禅僧としての基盤を作る上においても必要であると共に、寺院住職は僧堂生活の延長線上のものであると思います。折角縁あって僧堂に入り、禅堂生活を長年に亘り、続けて行くならば、禅僧としてのあるべき行動は身について来るものと信じます。俗に身につくと言う言葉がありますが、禅堂生活が身にしみついて絶対にはなれないように、正念相続して行きたいものであります。又花園法皇様より開山大師様におくられた往年の御宸翰、大燈國師御遺誡等拝読するならば自ら私共禅僧としての生き方は決って来るものと信じ、中峰和尚坐右の銘に一歩でも半歩でも近い寺院生活をしたいものと考えます。
 
 
外国人の純粋な求道心
 昨年秋、米国ロスアンゼルスで行われた世界佛教徒大会に参加する機会があり、その時、ロスアンゼルス郊外マウント・ボルデーの禅センターを訪問する事が出来ました。車で三時間、山小屋の点在する谷間の奥に禅センターがありました。外来者の為の宿泊所、浴室、食堂、禅堂、常住、隠寮等が林間に配置よく点在して建てられて居り、非常に静かな環境にありました。ここで生活をして居ります米国人、カナダ人等の外国の人々に接して見ると、自己探究、或は人間とは一体何であるかなど、いろいろな問題をかかえで来ているように聞きました。其の為に禅の生活を求めて来た人やの集団のように兄受けられ、誠に純粋そのもののように感じられました。日本の禅堂に掛搭するのとは少々趣を異にしているように思います。
 
 
アジア難民慰問行
 アメリカがベトナムから徹退を始めた頃より、ベトナム軍のカンボジア進攻が始まり、その頃よりカンボジア難民のタイ国内への流入が始まって来ました。その頃、妙心寺花園会本部長でありました、東園寺住職千坂精道師に依って、アジア難民救援運動が展開され、これに参加して第三次救援慰問団を結成し、夕イ国境の難民キャンプを訪問して以来毎年毎年続行し、昨年末にも出かけて来ました。誰かがなんとか、しなければならない事と思い実行して来ました。私共の行った事は大きなことではありませんけれど、現地を訪ね親善交流をして行く事の大切さを感じて居ります。又国境の村にワット妙心が建立され、村民の心のよりどころとなっております。このワット妙心も参拝行を重ねる度に少しずつ整備されて居り、本山妙心寺とのつながりも出来て来て居りますことは意義ある事と思い、タイ国内にカンボジア難民の居住するかぎり、続行したいものと考えます。
 
 僧堂の生活は、中国百丈禅師の(一日不作一日不食)の時代とは異なって居りますが、根底を流れている「主旨」は禅僧であるかぎり忘れるわけには行きません。「行」を先行する考えであると同時に実践実行して行くことの大切さを感じます。アジア難民慰問行、ワット妙心参拝等も一つの「行」であるとの考えのもとに行って来ました。
 
 
社会問題解決は家庭円満の環境作りか
 脳死、家庭内暴力、青年の自殺、ターミナルケア、助け合いの欠除、等等の社会問題に関しては、それぞれの関係者の方々が、育成された過程に大きく左右されるものと考えます。殊にこれらの事は当時者が育成される過程に於いて、その両親がどんな生活をして来たかが、大きく影響するものと思います。この故に両親が先づ家庭円満の環境作りに心掛け、世の為、人の為に我身をすてて、あらゆる面で努力して行くならば「徳孤ならず必隣あり」の古語の如く自ら回答が出て来るものと思います。