「不二」 過去の記事  【紹介期間:平成29年10月〜】

 掲載号等  【第31号】:昭和63年1月発行 

建長寺派管長 建長僧堂師家 吉田正道老師 
「本来の姿にかえれ」
 
   
 
斉会、法式の根本を知れ


 最近斉会などで感じることは、法式を白分流に崩していることです。基本がわかって崩すなら良いが、次の人は、それが当り前と思い込んでしまう部分がある。気をつけたい点です。

お経も戦後疎かにした時期があって、その禍いが来ている部分がかなりありますよ。ひどい所になると観音経で和尚の斉会を済ませてる。楞厳咒、仏頂尊など誦んだことない人までいる。日課経にあるのは、最底のお経だから、それじやあ困る。


 香資は○万円、引き物はそれ以上にいいものを、それにお布施迄出さにゃあいかんという所迄あるそうです。葬式も斉会も皆が助け合いでやるのだから、一度派手なことをやると終には、理に合わん所迄エスカレートしてしまう。原点に立ち返ってほしい。


 最近やたら本山流を地方に持って来る。昔は、どんな人が何処に集っても江湖でいけた。その基礎教育を小僧は受けたのに基本がわからんようになったので本山流を持ってくる。楞厳咒の真誦、十方の馨四つ、あれは本山流です。根本がわかっていることが大切です。


 葬式も野辺の送りの意味、鼓?を入れるのは何故かというような基礎を、ある程度勉強せんといかん。ある意味では第一義から外れるが、これも知らんと第一義は言えません。しかし、講習会を開いて何とかしなければという気運は明るい材料です。根本は何かということも学んでほしい。

 

 

寺庭婦人の役割の重大さ


 寺から小僧の基礎教育がなくなったが、それに代るものは、寺庭婦人の自覚と痛感しています。知識、経営、檀家の人々とのつき合い方は学んでますが、根本的なもの、人の子も自分の子も平等に扱うという、人間皆平等という自覚の上での生活こそ大切と思います。寺は、子弟を、後継者を育てる場です。わかり切っているようで疎かにされている、盲点でしょう。

小さい頃の環境は大切です。私は、父を癌で失い寺へ小僧に出されました。親元に居だ八才迄、浄土真宗の信者であった母が、毎日熱心に正信偈を誦んでいましたので初めから手を合せることに何の抵抗もなかった事に今でも感謝しています。

 

 

耐える事が挫折の克服


 耐え難いつらい目に会った事も何度かありました。雲水時代籍を切られて存在そのものをなくされた事がありました。金剛窟の所へは、あることないことどかれた長文の手紙は届けられ、知らされた時は、殴り込んでやろうとも思いましたよ。

 老師は「あんたが我慢しなければ駄目ですよ」、と一言いってその手紙を下さいました。今の永源の老師が同参で、ここは辛抱した方がええですよ、と言ってくれて我慢できました。この言葉、この事件、生涯忘れませんね。


 黙って耐える方が余程むづかしい。その時、自分の良い様に言ってしまったら後は止りません。自分の墓穴掘るだけです。自分を見失った時、さっと元に戻れる心構えを常日頃しておく坐禅の実行しかないですよ。


 偉い学者が、多くの仏教書を出してますが実行している人はほとんどないでしょう。自分は生身の人間だ、根本的には弱い人間だなどとは書いていない。徒弟教育でも、本の知識だけでは過程を教えられない。辛抱するしかないんです。耐える時は、徹底して辛抱する。辛抱することによって辛抱が教えられるんです。どんな人にも何回か機会はあると思います。この時が、自分を試す一番良い時です。

 

 

問、ターミナルーケア(末期医療)の傾向を老師どう受けとめましょう


 ターミナルに入って死ぬのも一方法でしょう。唐、宋の大叢林がそうでした。坊さんは、布教に出ていても年寄ると耆宿寮ですか、長老方の居られる所に帰って来て共同生活に入る。最後に涅槃堂に入って死ぬ。何若人も居だ昔の大叢林の姿です。


 今韓国でもその傾向でしょう。仏国寺ですか、そこで余生を静かに送るのが、坊さんの理想だそうです。畳の上で云々は、日本的な部分もあるし、儒教的な部分もありますね。


 人間死ぬ時に、本当に後顧の憂い無く行きたいと願うのは、一つの理想で、一歩近付こうとした所が、昔の大叢林の方法です。禅宗坊主が遺偈書くのも、そういった部分でしょう。

 

 

問、薬で痛みを減ずるか、そのまま生命を全うさせますか。


 現実には、苦しんで死ぬ人が大半でしょう。最終的には、本人が決める事です。苦しむことも薬で楽にしてもらうことも、只、本人が迷って迷って、第三者が「坊さん、あんたならどうするか」と聞かれても根本的には、坊さんは言えんと思います。

それは本人のことです。本人の決断一つですね。

 

 

問、宗教と医療の協力に医者の無宗教が問題になりますが。


 頭から馬鹿にしていると迄は言わなくとも、否定迄はしなくとも極くそれに近い医者は、多いですね。こと自分のこと以外では、世の中で自分らが、一番頭が良いぐらいに思ってる人が多いですよ。一ぺん根本的に、徹底的に壊れてしまわんと、途中から思い直させることは無理ですね。

 

 

問、臓器移植について、私たちは、どう応えたらよいでしょう。


 我々だって。一日でも永く生きたい。人情です。だけど最近は、お経でもわからん様なことが結構出て来たものです。昔は考えられん。お釈迦さまご在世なら、多分皆一個一個じゃから、そんなことせんでも良い、と言うかも知れんですよ。早く死んでもいいよってね。

 生きとる者だけの利害で、目くり貫いたり、肝臓を抜いたりしてるだけじゃから。

 仏教の目で見れば、生れて来ん人もある。生れてすぐ死ぬ人もある。寿命の長いのもあるが生れる先も何も無い。死んだ先も何もない、という根本に立てば、皆平等なんですから。仏教にはそれしか無い。それを冷静に見られる眼を養うようにして行くしか無い。下手にどうこうしろと言えないと思います。それは、個々ですから。

 

 

 

最後に一言指針となるお言葉をいただけませんか。


自由、平等の昔に帰れ


 仏教者の改革は、禅の勃興期の一番の活溌々の頃迄帰ることです。自由で人間の絶対平等が叢林で実践されていたんです。作務も老師から全員総出でやった。明治以後でしょう。老師を老大師と呼ぶのは。老大師ではOO大先生と同じで、人が聞いても奇異に感じます。老大師はやめた方が良い。特権階級のようで誤解を招くだけです。現代だからこそ老師でいいのです。

 問答のやりとりをみても、上下老若にこだわる日本ではできない自由な雰囲気が、臨済が世に出た頃にはある。習慣も言葉も人種も異った者たちが集ってお互いを認め合った。

 これからの国際社会に生き、普遍的な禅を広めるには、あの時代の大叢林を手本にした根本的平等の具現という処なくしては、認められんでしょう。

 

 

人と時代と共に生きよ


 社会問題一つにしても時代の流れにあります。波にのまれ揉れ揉れて、しかも坊さんであることを忘れずに生きて下さい。あく迄も自分のことは自分で決断し、自分で解決する方法を何とか教えてゆくのが我々仏教者であると言えます。


(文責編集)