「不二」 過去の記事  【紹介期間:平成29年7月〜】

 掲載号等  【第24号】:昭和61年4月発行 

平林僧堂師家  糸原圓應老師
「基本に立ち返れ」


   



我が僧堂は午前三時の暁鐘(開静)から一日の行事が始まります。朝課、粥座、坐禅、喚鐘、作務、斎座、作務、晩課、薬石、
昏鐘、坐禅、喚鐘、そして午後九時の解定、夜坐といった日課であります。但し摂心となれば作務を止めて提唱、坐禅、喚鐘とな
り、解定も十時となります。それらの日課は、総て鳴し物によって厳格に、如法綿密に行じてゆかれます。禅はまさに行そのものであ
り、そこには分別も、理屈もなく、雲衲たちのひたすらで純粋な生きざまがあります。
 
この事実こそが我が臨済禅の命脈を保っているといっても過言でありません。
 
私は平素親しくお付き合いをしている天台宗と浄土宗の住職がおります。その方たちは一様に臨済宗の僧堂という厳しい修行の機
関である道場があって誠に羨ましい。雲衲方の凛々しい姿や礼儀正しい作法、きびきびした対応振りに接すると心が洗われますと
云って、時々我が子弟の教育のためにと、その子弟や家族を引き連れて相見にやって来られます。
 
武蔵野の面影を求めて訪れる参拝者は静寂な境内に身の引き締まるのを覚えますといい、境内を黙々と清掃している雲衲たちの
姿に接して御苦労さまですと手を合わせておられる初老の婦人方や晩課の時、誦経する雲衲たちの声に暝目し、じっと耳を傾けて
ゆく若い人たち、凍てついた大地に素足に草鞋掛けの雲衲たちの托鉢行に頭をたれ喜捨する人たち等々、この雲衲のひたむきな一
挙手一投足に人々は敬虔な心、信心を喚び起させるものがあるのではないでしょうか。これが以身説法であり、生きた教化でありま
す。
 
そもそも仏教は出家道であります。釈尊をはじめ、わが祖師方の行履は悉く出家道の亀鑑たるものであります。昔から「一子出家
すれば、九族天に生ず」といわれておりますが、ここでいう出家とはただ単に頭を剃って衣を着るといった形の上だけのことではありませ
ん。しかし今日はそういう形の上の禅僧もだんだん少なくなって来ているような有様であります。真の出家とは俗世間の一切の執着
欲望を断って、専一に仏道を行ずる人をいうのであります。ところが現状は寺に住んで、寺を私物化し、俗世間と変わらない執着、
欲望の渦巻く生活ではないでしょうか。禅僧として最も基本である坐禅もせず、看経も掃除、作務もしないといった現状を垣間見ま
すと、我が禅界の将来に転た危惧の念を抱かしめられるのであります。中には本当に如法に勤められておられる禅僧方もお見受け
しますがそういう方は稀であります。
 
このように感じ見ますれば、今日僧堂でひたむきに修行している雲衲こそが真の出家の姿であり、一番有り難い尊いことであると思う
のであります。
 
中峰和尚の「末世の比丘、形沙門に似て、心に懴愧無く、身に法衣を着けて、思い俗塵に染む。囗経典を誦して意に貪欲を思
い、昼は名利に耽り夜は愛着に酔う。持戒を表して、内密犯を成す。常に世路を営んで永く出離を忘ず。偏えに妄想を執し、すで
に正智を擲つ」という言葉に私たち禅僧は再思三考してゆく必要があると思うのであります。
 
「興禅大燈国師遣誡」に「一人あり。野外に綿?し。一把茅底。折脚鐺内に。野菜根を煮て。喫して日を過すとも。専一に。己事
を究明する底は。老僧と日々相見。報恩底の人なり」と示されておられますが、このような生き方こそが真の出家であります。現代
人はこういった僧の出て来ることを切望しておるのであります。名聞利害を離れ、修行の出来た真の出家を世間の人は望んでおる
のであります。何も云わなくともその人の徳風に接しただけで救われ、敬うことの出来る禅僧を期待しておるのであります。お互い禅
僧たるものは曽で僧堂に於いて、あのひたむきで純粋な求道心に憶いを起し、そこで生活し、体得したことを生かしてゆく、つまり禅
僧としての基本に立ち返ってみることが肝要と思うのであります。
 
とにかくお互い禅僧として如何に生くべきか、如何にあるべきかと、常に問題意識を持つことであります。併し問題意識それ自体一つ
の鉄壁でありますが、どこまでも厳しく真剣に取り組んで工夫してゆくならば、道は自ら開けてゆくものと信じます。どうぞ青年僧諸師
方の今後一層のご精進を願ってやみません。