「不二」 過去の記事  【紹介期間:平成29年7月〜】

 掲載号等  【第21号】:昭和60年6月発行 

  両忘庵 大木琢堂老師

 「喝!!! 大丈夫天に先って心の祖たり」


   




現代の青年に望む
現代の青年一般を見るに信何ぞ不及なる。古人には絶対の信あり。百万人と雖も我行かん底の人、天下の人皆非なりと云うと雖も我行かん底の人物は少からざりき。現代の青年を見るに真に寒心せざるべからず。将来、吾国は、吾世界は、如何相成る事やらん。乃公立たずんば誰か相為さんや底の人出現を待つのみ。現代は余りにも他に依頼の心のみとはなれり。天下の大法一人背負って立つ底の人物有りや無しや。
 
 
仏祖に学ぶ
瑞巌主人公に於けるが如き、自ら「主人公」と呼び自ら答う。「ハーイ」。「?々著」目をパッチリ開いて居れよ。「ハーイ」。毎日自ら呼んで自ら答う。「他時異日人の瞞を受くる事勿れよ」。「ハイハイ」。雨の降る日も照る日も暴風雨の日も毎日毎日自ら主人公と呼んで自ら答う。朝から晩迄一日も休まずブッ通した。どうですこの願力の大なる。倶胝和尚は指一本じゃ。何を問われても只指一本。「仏とは如何」。指一本。「和尚何を為すや」只指一本。「何処へ行くや」。只指一本。「如何なるか是道」、只指一本。何と問われても只指一本。遷化に及んで曰く我天龍一指頭の禅を得て一生用不尽。と云って指一本を竪てて其侭遷化じゃ。
石鞏和尚は出て来る修行者があれば、弓を満月の如く引絞って矢を胸倉に突き付けて曰く。「矢を見よ!!」こと来る者も来る者も真青になって逃げ去って去った。三十年やって居ったが最後に一人あり胸をオッ開いて曰く、「それは殺人の矢か活人の矢かが」曰く「吾三十年弓を引いて只半箇の瞎大を得たり」と云って弓を捨てこの人を戻した。二柤は断臂、雲門は折脚、古徳其許(そこばく)の辛難を喫して正に斯の道を得たり。吾豈独り然らざらんや。
 
 
人材打出
吾先師(宗活禅師)の如き亦斯の如きの師たりしか。厳にして辣真剣なる事天下其比を見ず。宗演老師の宗活老師に対する時亦此の如くなりしと。先師曰く先師を知る者は只我一人のみ、又真に我を知る者は只先師一人のみなりきと。かくの如くならずんば何ぞ人を求むる事を得んや。我亦当初より人を求めんとして斯の如くにして来る。未だ人の知る無し。既に年老いたりと雖も未だ半箇も得る事能はざるは、慙愧に堪えず。望むらくは一箇半箇底来る事無しや。洪川、宗演、宗活の法是を川演活の法という。古の応燈関の法に比せり。人を得ずんば仏祖の恩を報ずる事能はず。衲人を求めて急速なる事あり。年既に老いたり。空を打たんか地を打たんか朝打三千暮打八百然も未だ曽つで第二義義門に下らず。風雪飢餓蚊虻の襲来長坐不臥腎骨糜爛するに至るも意とせず只管打坐二十年三十年志を変えざる底へ「相罵る事は汝に許す觜を附けよ相唾する事は汝に任す水を注げ」、と一徹一貫只道を求むる底有る事無しや。
 
 
現代に対応
現代を観ずるに古と異れり。知育のみ勝って徳育は後退せり。原水爆ありロケットありで科学の進歩は実に驚異的である。吾宗教界も之に対応せざるべからず否吾宗教界は常に現世に先んぜざるべからず。然るに現今を顧るに実に寒心に堪えざるものあり。正しく慙愧に堪えざるものあり。依然として旧来の夢を貧り見るに非ずや。衆生済度は吾等の本願なり然るに顧る処衆生済度とはオコガマシキ次第に非ずや。吾等は年老いたり志は永遠なりと雖も如何せん現実を顧るに如何ともせんや。実に道心地に落ちたりと云わんが為に於て何としても青年僧諸君に依せざるべからず。諸君の大奮起を待たねば如何ともせんや。実に地球の滅亡破壊か将又何れかを選ばねばならぬ時機は即今只今にせまれり。一大事とは正に即今只今の事なり。乞う今こそ実に世界を救う処の真実の英雄を要するの時なり。
 
 
青年僧に期待
請う青年僧よ。幸に諸君は今この聖業を為さんとす。吾等為さんとして未だ為し能はざりし処、請う更に奮起してこの聖業を成就せられん事を。且つは慙愧し且つは益々奮起し精進せられん事を請い願う次第であります。
衲関東大震災を思い起した。前日千葉県八日市場へ帰省して東京道場に帰る途中、母親の先祖の墓を参り叔父と共に昼食の最中、彼の大地震であった。東京全滅と聞いて脳裡にひらめいたのは只老大師の事と陛下の事のみであった。直ちに支度をし、上京した。陛下は近衛師団があるからよしと老大師は我一人でも救い出さねばと衆の止るを聞かず一路走り通しで上京した。大小の橋は尽く落たれ共老大師に通ずる路は無事であった。幸老大師は御無事であったが直ちに壁を始め破壊箇所の修理にかかられた。衲はその手伝であったが力の足らざるを痛感慙愧に堪えなかった。然し真夜中と雖庭の隅々迄も塵一つ落葉一つなき迄清掃した夜になるとワーツワーツ何万と云う暴動襲来の様相衲は鉄棒を持って防禦に当った。吾一人窓外にあって何万でも来らば来れと勇気百倍した。誰よりも弱かった衲でさえ危に臨んではこの勇出るものなるを験したので青年僧の諸君開闢以来真の危機、何卒奮励一番一切衆生の為に勇猛精進せられる事を。