「不二」 過去の記事  【紹介期間:平成29年5月〜】

 掲載号等  【第12号】:昭和58年3月発行 

 宗教の価値と存在意義 (その1)
 ※その2はこちらをご覧ください。
  ※その3はこちらをご覧ください。
 京都 大珠院  盛永宗興老師  

  





混乱した現代、宗教の価値が問われていますが

 三、四年前、イギリスの仏教会へ何度か行った或る時、ローマの方へ廻りまして、バチカンの『他の宗教と対話する局』から食事のお誘いを受けて、表敬訪問に参りました。この事をイギリスで話したら、彼等は驚いて、「昔だったら考えられないことだ。絶対に他の宗教とは交わらなかったのに」と言っていました。

カソリックからのアプローチ
 その『他の宗教と対話する局』の局長、バチカンでは大臣に当たる人、ピニェドリ枢機卿とお会いしました。本来なら法王にもなられる位の人で、それ位の実力者を置いて、他の宗教との対話を進めていたのです。「今日はお会いできて大変嬉しい。私はかねがね“禅”に非常に興味を持っていた。その関心とは、褝の布教の仕方ではない、失礼乍ら、我がカソリック教団は、全世界の宗派を通じて最も布教活動をしていると自負している。そして実際にカソリック立の学校や病院は、全世界に在り民衆への救済活動は昔からいかなる宗教にも負けない程やっている。しかし世界の政治的社会的情勢の変化に伴いカソリック立の学校や病院は次々に国公立に転換して減っている現状である。だから、我々にとって今、最も関心あるのは、僧侶の宗教体験である。かって、中世にはセントベネディクト等のように多くの人達が、禅宗の僧侶と同じように宗教体験を尊重した時代もあったが、それ以後、我々の宗教は極めて哲学的になって、いまや宗教体験の伝統は跡切れてしまった。我々の知る“禅”は、そういう宗教体験の伝統が、今日も脈々と続いている。だから、禅のお坊さんから、そういう体験に入っていく為の諸々の正しいやり方について学びたいのである」と、彼は話しました。



宗教の存在価値
 私もかねがね、考えていた事ですが仏教に限らず宗教活動の中には教育・福祉・厚生・治療・或いはレジャーに関することまで多種多様なものが含まれていますが、その中の多くの部分は古い時代、政治行政が未発達な為に本来ならば政府が、あるいは地方自治体が担当すべき事を、できないからお寺が代わりにしていたと思います。今それらが全く必要でなくなったのでなく、地域によっては顕然として必要な場合もあります。しかし、大きな一つの流れとして、今後、宗教が分担しなければならないもの、即ち、宗教の存在価値が問われるものは、やはり、「宗教体験」ではなかろうかと思うのです。そうなりますと、他宗教の、例えばカソリックの羨望の的である「体験する修行の伝統」について、我々はどこまでしっかりやっているかという疑問が湧いてくるのですね。先日、妙心寺教化センター運営についての諮問を受けました時、雑談の形で、「僧堂の在り様を改革しなければいけないのではないか。僧堂へ行って来た若い者は、僧堂で小生意気になることだけを覚えて帰って来る」という批評が、大部出ました。



僧堂の改革は必要か?
 私は、西も東も分からん、仏教の勉強もしたことの無い状態で禅寺に入り、出家した者です。ですから、僧堂で十五年間も粥を食べさせて戴いたけれど、それが一体、釈尊の教えとどういう様に関っているかについては、僧堂生活中には調べることはできませんでしたが、授業寺に帰ってから、阿含経などを主に読み、二千六百年という歳月を経ながら、よくもこれだけ釈尊在世当時を伝えたものだと、自分の僧堂体験を有難く思いました。そして、非常な誇りと、幸運にも修行させて戴く縁があった事に感謝を持ちました。この自分の体験から言わせて戴くと、僧堂の在り様とかシステムがいけないのではなくて、そこへ入って来る人の素養そのものをこそ問題にしなければならない。僧堂の形式云々の前に、今、我々が一番心掛けねばならないのは、失われてしまっている「雛僧教育」ではなかろうか。これは坊さんになる者だけでなく、日本の青少年全体にいえることですが、敗戦後『国公立の学校で特定の宗教教育をしてはならない』として、宗教教育全てを否定してしまい、日本の青少年は宗教とは無縁になってしまった。本当は、宗教の百貨店であって良いのに、一切なされず、道徳教育すらなされなかった。従って、素養というか、土台になる宗教的情操というものが僧俗を問わず無いままで育ってきた現状であり、更に、学校教育というものが知育偏重で、その為の施設やシステムを充実しアッチ向いてる者をコッチ向かせ、覚える気の無い者にまで手とり足とりして覚えさせるのが良い先生良い教育だと考えています。翻って、古来の教育理念を考えると一つの角を見せてやって、直ぐに三つの角がぴりっと分かるのは、予めその問題に対して本人が苦労しているからであり、それをせん奴には物言わん、というのが本来の教育であった筈です。ですから、私の偏見かも知れませんが、「教養」という言葉は、『教育』と「修養」が重なって出来だのではと思っています。教育というのは、外部から与えられるもの、修養というのは自発的に内部から勤めるもの。この二つが合わさって始めて『教養』ができ上がるものであり、若し、自分がヤル気がなくて教育だけ受けた者は、学歴は有るけれど教養はないことになります。



宗教体験につながる土台を
 更に、宗教的素養という、もう一つ下になる素地が無い。こういう状態で僧堂に人るならば、たとえどの様な僧堂のシステムを作ろうが、どの様な師家や先輩の指導があろうが、これは、形しか覚えられず、所謂、「宗教的体験」につながっていくとは思えない。若し、素地と教養というものが掛塔以前に有るならば、宗教的体験は僧堂に居る間だけの問題ではなくて、在錫年限が短かかったとしても、その後のその方々の生活の中で、繰り返し繰り返し体験されていくだろうと思います。
ですから、今後、宗教に、世間も期待し、又、宗教白身も息を吹き返す為に、布教教化の前に、より根本的な問題としてお坊さん達の「宗教体験」それが悟りとかいう大袈裟なものでなくて、しみじみと仏様と親しくなったり、「お釈迦さま・・・」と口に出しただけで、もう胸が暖まってくるという様な、そういうものですね。それが、皆んなに出てくる為には、寺庭の教育、雛僧教育、あるいは社会一般に対しての凡(全)仏教的な教育が不可欠です。
 即ち関山一流の褝としての宗旨があるかないかといったような一人合点な布教でない凡宗教的なものを心がけねばならないのではないか。素地の有る人を専門道場に送り込む、あるいは僧侶の生活に送り込むことを本気で考えねばいかんのじゃないか。くりかえしますが僧堂のシステムの問題ではなく、そこへ入ってゆく雲水の素地の問題だと私は思っているのです。


(その2に続く)