「不二」 過去の記事  【紹介期間:平成29年4月〜】

 掲載号等  【第11号】:昭和58年1月発行 

 御垂誡 
 妙心寺派管長(当時) 松山万密老師  





 老大師は六月に管長にご就任されましてもう半年になられますが、私達の不二正月号に是非お言葉を頂きたいとこうしてお伺いさせていただきました。

私の様な者は不徳者だから、とても皆様のご期待に添いかねるかも知れませんが、まあ、折角おいで下さったのですからよろしくお願いしましょう。




それではまずご就任されてからのご感想などをお聞かせ頂ければ

まあ、忙しいということは今まで聞いてまいりましたが、こんなに忙しいとはとっても予想外でございますね。でもまあ皆さんから色々頼まれたりしますとやっぱり責任を果していかなければ大法のためにと・・・昔から言葉もあります。そんなことで今日まで過ごしてきました。




私達青年僧は羅?が殆んどでございましてそれなりに悩みもあった訳ですが、管長様は如何でございましたでしょうか

あのね、私は抵抗なしに、まあ、スーット入って今日に至ってますのでね、そこでなんの考えもないんですけれども・・・
これは師匠のおかげがあったんですが専修学院から専門道場へも行く時も、僧堂に入ってからもですね、例えば時々住職の話があるとですね、親に相談すると上手に「もう少し頑張れ、もう少しだ、頑張れと今日まで到ってしまったんですけれども、要するにあんまりよそ見をしなくてすんだから。そういう意味で両親に守られたおかげだと思っております。





この頃、各老師さんからも雛僧教育の必要性を指摘されるんですが管長さまのお小さい時とか、お母様の影響とかについてお伺いできませんか

私は大寺の小僧さん方と違い、むしろ甘えて育った方ですが、かえって僧堂ではそれで苦労した訳ですね、又それが心を練ってくれた事にもなったと思いますが。ただ普通だと母親などは年を取りますと早く帰って来いと修行の足を引っぱりますね。所が私の場合は今思うと…例えば僧堂から暫暇して又僧堂へ帰る時、雪の降るある日でしたが、母なんかが、可愛そうだと思ったらしいですよ、それをやはり辛棒してくれた、そんな両親の想い出もありそういう両親の考え方が、私に一番影響しましたですね。





私達もそうして寺を継いで、今度は現代社会とのギャップというものに悩む訳ですが

それはね、理想と現実との差があまりに激しいから、そういうことを考えるんじゃないかと思うんですよ。それでその時、その場で考えていく・・・成り切って行く。良く僧堂におったままを社会に出てやろうとするとなかなか思うようにいかないんで困り、悩まれる人がいらっしゃいますね。これはねその時その時にね、頭の切り換えをするということですね、理想と現実とは別だということを考えねばならんということですね。それと主客転倒ということがありますね。よく、アルバイトを何の為にやっているのが忘れてしまう人がありますね。
又教養をつける為に本を読むことは大切ですが、禅門では坐禅の方からものを見て、その参考に本を読むことはありましょう。どこまでも第一目的、第一目標を忘れないことが大切だと思う訳です。





私達は又、昏迷する現代社会にあって青年僧の果すべき役割を考えますが

これもね、あまり大きなものを考えても考え倒れになります。まず脚下照顧のふまえを忘れずに、使命に生きることだと思うんです。葬式・法事にしても、ほんとうに亡くなった方の遺族が、ああ、あの方に読経して頂いて良かったなあという感動を与えられる、その心が輪になって広がっていく。
この間、落慶式があったんですよ。住職が最後に謝辞を述べられる、ただ、ただ真実を述べなさる、それが心がつまっちゃって言葉になりにくい、後で私の所へ挨拶に来られても涙を出して喜ばれている。そういうまことの姿は百万千万言にも勝る感動を与えるものです。こうなりますと一対一ということになりましょうが、一つ一つその場その時に成り切り使命に生きている。大きな理想を考えねばならんこともあります。新幹線で行くか飛行機で行くか歩いて行くか、それはそういうものを活用、利用するだけのことなんです、足はしかし実地を踏みしめているんです。





最後に管長さまが一番お好きなお言葉をお一つお伺いしたいのですが

ええ、それをね、今の立場ですと、ま「随所に主と作れ」ということですか、その一言です。