「不二」 過去の記事  【紹介期間:平成29年4月〜】

 掲載号等  【第8号】:昭和57年4月発行 

 毒語
 南禅寺派管長 勝平宗徹老子



 はじめに
 現代社会の構造は、学校卒業後就職試験を第一歩として、その後新しい知識・技術等時代に即応した処のものを取り入れて歩む姿が有るが、我禅門を振り返ってみると学校を出て僧侶生活もせず、坐禅もせず、安居履修のみですませようとする姿が少なからず見受けられるといった現状で、多くの既成教団は大なり小なりこの傾向にあり、その姿はまるでぬるま湯の中にどっぶりとつかって、出るに出られぬ状態のように思われてならない。
その点新興宗教は、研修 研修と常に時代即応化の為に取り組む姿が有る様だ。こういう点を見聞きするにつけても、”上求菩提・下化衆生”を目標として、一生涯修行という気構えをもって寺に入り、各々の立場、各々の地域で分相応の方法で教化活動をすべきである。


○僧堂生活の体験
僧堂掛塔の折我々は「大事了畢する迄は暫暇致しません」という誓約書を入れるのですが、現在ではそれが形式化してしまい。単なる証明取りの為の僧堂生活になってしまっている。特に、大学を出ると僧堂生活何年で何職にという規程まである処に、本来の道場の有り方というものの影が薄れてしまって来ているのではないか、「大事了畢」は中々大変なことと、それぞれその人その人の立場に於いて一生涯かかっての修行であるが、たとえ短い年月の僧堂生活であっても、自分が禅僧となって歩むべき道はこれだという、自覚と誇りを持てるようになる迄は修行すべきである。「新到三年」という言葉があるが、現在社会体制にない体験教育が僧堂生活であり、禅僧となってよかったという満足感を得て、種々条件の異なる中に有って禅僧として歩むべき道を開いて行く力を養うにはいくらインスタントの今日でも最低この年月は必要であると思う。
それを単に資格証明取りの為に、いやいや入門し、いい加減な修行をするようでは宗教に禅に真に喜びが持てない、喜びのない処に謗りもなければ何の励みもないという悪循環を生じる、ということのないような修行をすべきなのである。


○体験を生かす教化活動
僧堂生活は、禅僧の入門実地基礎体験の場であるからして、自身禅僧となってよかったという喜びを伴ったものが生まれてこなければ本当の修行にはならない。と同時に、自ら体得した処のものを生かして行く力が養われていなければならない。いわゆる、坐禅の話しはするが、坐禅はしないというのではいけないのである。私の会下に先住が早く亡くなったので僧堂での修行期間は短かかったが、先々代より坐禅会をやっていたので入山後引き継いで自ら坐わっている者が居るが、本人の意志とは別の力ではあったとしても、自ら修行出来、他の修行をも促進させる事が出来る。やがてつどいの力で禅堂も建ち毎月の坐禅会の参加者もふえていると聞く。
我々が往々にして古い伝統に束縛を感じがちであるが、その伝統のおかげで力不足ながら自らの修行が絶える事なく続けさせられ、禅僧としての自覚も次第に深められて行くものである。
ですから僧堂生活を難行苦行の場、強制的なものと思うと束縛になるが、逆に自分が生涯禅僧となって生きて行く為の基礎を学ぶ処、と思って積極的にとりくむ修行することによって僧堂下山後、その体験を生かすことの出来る教化活動への道が自ずと開けてくるものである。


○現在の禅寺
昔の禅寺は山間辺地に建てられ、広大な寺領を有して修行を第一としていたのであったが、時代の流れ、時の種々の条件から「寺で食えない」といって兼職している人が少なからず出てしまった。特に、明治初期肉食妻帯の自由が法律でうたわれてより、寺も一般と同じ家族制となったのである。その結果生計上食えない食えないと云うが根本を振り返ってみると、釈尊にしても家族をすてて独身となられたし、祖師方にしても肉食妻帯という生活はなく、一生涯食うためでなく、仏教の修行の生活であった。この様な根本を忘れて本来末節の個人の生活を優先している処に種々のあやまりが起ってくるのである。いわゆる、家族制、世襲制から寺を私物化して考える様になる処に弊害が起るのである。外の職業は、食う為、家族を養う為のものもあるが、我々は食う為の職業ではなく、法に生き・法を説き・法を施す立場にあるのであって、食う為に法を施すのではない。法によって生かされるのである。

 
○禅僧としての姿
既成教団の体質や社会の状況が種々に変化したとしても、我々禅僧は実地体得する処の僧堂生活を基礎において、禅僧としてどうあるべきか、禅の本質に少しでも近付こうという念を持って過ごすなら、たとえどんな立場にあったとしても、自から進むべき道は自ら開けてくるのである。
そして、その寺の由来・地域の法施の方策・寺院護持法等を充分に考えながら禅僧として法に生きる身に喜びをもった生き方をしてもらいたい。種々の教化活動をしても人が集まらないというが、始めから立派な基盤はないのである。その基盤を自らが造って行くという努力と、自分は指導者であるという気持ではなくして、共に一緒に修行させてもらう、という気持を持つ時、在家の人々に励まされながら自然に活動の輪が広がって行くものであることを信じてやまないものである。