「不二」 過去の記事  【紹介期間:平成29年3月〜】

 掲載号等  【第7号】:昭和57年1月発行 

 毒語
 黄檗宗管長  村瀬玄妙老師



 宗門内にあって宗門を改革しようなどということは、「木倚って(木によって)魚を求むるようなものだ」とは、宇井伯壽博士の言葉であり、私も同感なので、これから申し述べますことは、「年寄りの冷水」ということで、そのおつもりでお聞き下さい。一宗の管長としての私の第一の用心は、ジンギスカンの、若き宰相ヤリッソザイの「一利を興すは一害を除くには惹かず」ということであって、とにもかくにも禅宗の第一義は坐禅を最大重要視し、それが無上の権威であるから、非理法権天の如きものでありましょう。只打坐あるのみであります。


 道元禅師の、「坐、すなわち佛行なり、すなわち不為なり、是れすなわち自己の正体なり、このほか、佛法の求るべき無きなり」は、わが済門に於いてもゆるがざる誓願でなくてはなりません。


 禅門といえども今の時代は寺族をかかえでの生活が大概である。いやそれがあたりまえの生活態度で、浄土門でも自然法爾などと云っているのに禅家こそ自然の生活をしなくてはいけないと思う。いえば在家の人達の模範になる様な家庭生活を営まねばいけない。もっと突き込んだいい方をすれば女性を知らない禅僧がほんとにいるであろうか、若しそんな人がいても、そんな人では衆生済度は出来ないのではあるまいかと思う。いかに栂尾の明慧上人の様な不出世の清僧も女性には悩まれたのではあるまいか。


  「戒なきところに戒を求め、戒を犯せといわれても犯せない」微風幽松を吹く、近く聴けば声愈々好し、というところではあるまいか。宗祖臨済大師の、色界に入って色惑を被らず、声界に入って声惑を被らず、香界に入って香惑を被らず、味界に入って味惑を被らず、觸界に入って觸惑を被らず、これが無位の真人というもので、無位の真人こそが、二十一世紀の人類の先達になるべきものでしょう。


 古人は莫妄想とはいかなることかと問われて、女をほしいままにすること、と答えたという。あってもよし、なくてもよしの境地になる迄には、長い道程と修錬が勿論要ることであろう。貪欲きわまりない女性の虚栄を満足させつつ禅道を究める人こそ有力の大人というべきだと思います。


 随って二足のわらじ、或は三足の兼職も止むを得ないのであるが、いやむしろ、それはそれで得がたい説法の場を持つことでもある。月に一度だけ、半日でもよい門庭を開放して、出来れば家族と共に、坐ってはいかがであろう。それはたった一時間でもよい。
さすれば本尊さんもよろこぶし、境門も清掃されて檀信徒も自然に帰依する。第二は、食事の際、朝と晝だけは必ず、食事五観の偈をお唱えすること、これは自信教人信の第一歩であって、食事の度毎に自分で感謝の心が湧かなくても、時と所に依って泌々有


 難いと感ずるものであるし、擅信徒が見たり聞いたりしたならば、法悦を覚えざるを得ない。
一丈を説かんよりは一尺を行え、一尺を説かんよりは一寸を行えということであります。


 第三は衣をはなすな。お互が大聖釈尊や、番々出世の祖師方の余澤で生かされているのであって、ことに三界の大導師ともあろう者が俗服を着て本山へ登ったり、法要にかけずり廻ったのでは、みっともないきわみである。第一、自心まことに不自然ではある。裁判官がモウニングで裁判は出来ない。まして生死の一大事を指導し、娑婆往来に干返の聖職のものとして心がけねばならない。お布施は衣にささげてくれたものである。


 次は髪長くして僧貌みにくし、であって、禅僧はすべからく髪を剃るべし。身の飾りを落せば、心の虚妄も流される。

 その次は、心の垣根を取れといいたい。唯我獨尊式にとじこもらず、相手の悲しみとし、よろこびをよろこぶのでなければ、人間の宗教ではあるまい。胸襟をひらいて手をとりあって、相手の善いところを取りいれて、自分の信ずるところを行いたいものである。いうまでもなく、吾々は和合僧でありたい、いろいろ理由があろうが、宗門内は、みつともなくて仕方がない。一寺、一家でもそうである。和こそ貴ばれるべき教家の第一条件である。和合のためには、お互が一寸忍びあえばよい。特に力の強いものが負けてやらねば、一家、一門、世界の平和はあり得ない。強い方が負けてやらねば世界の平和はやって来ない。だから備えは要らないというのではない。ここに人間の業(ごう)を看取せねばならぬ、


 だから、宗教が要り、神様、佛様にすがらねばならぬ。


 さりとて、宗門内は別として吾々は政治家を志すべきではないと思う。ということは、宗教の土俵と政治の土俵はちがうので、角力は取れないと思うが如何なものであろうか。


ニイチエが妹への手紙に、「もしお前が霊の平和と幸福を求めようとするならば信仰しなさい。またもし真理の徒であることを願うならば、探究することです」。思ったことをあからさまに書きたてましたが最後に私の恥をさらします。

私は九才で禅門の小僧になり、十九才から不惜身命の覚悟で修行したつもりですが、六十を過ぎてから真剣に結跏趺坐を始めました。いま六十九才になって、漸くマッシングな坐禅が出来る様になりました。

人生の幸福とは、健康で正しい信仰を持つことだと思います。お互が禅僧になれたことはなんたる幸いでありましょう。もはや木末の残陽の如き者です。青年の奮起を跂望(きぼう)して潤筆いたします。