「不二」 過去の記事  【紹介期間:平成29年2月〜】

 掲載号等  【第42号】:平成2年10月発行 


  向嶽寺派管長 宮本大峰猊下


 「観よ」


  意識を持って行動を (その1) 




出家するまで

 私は、浄土真宗の信仰の厚い在家に生まれ、育ちました。中学迄はごく普通の子供でしたが高校に入ったとたん、物事に対して何かと思い込む様になってしまいました。もともと性格的に内面に持っていたのでしょうが、急に表面化してまいりました。持に、自分の人生についてどの様に生きたら良いか考え込み出してしまったんです。私は普通の勤め人とか、商売をするとか、一般社会の職業に就くことは、とても出来ないと、まず最初に思ったんです。



 ならば独立独歩で行ける、芸術関係を目指すとか、あるいは、宗教方面に行こうか、いや宗教は私には向いていないし、などとあれこれ考え込んでいたのですが、結極何も結論も出せぬまま考え込んでいるだけで、高校を終え、就職も、進学もせず、家に居りました。しかし、田舎の事ですから、周りがあれこれうるさく「何をやってるんだ」と変わり者扱いされ、家にも居ずらくなり、東京の語学校へとりあえず入りました。



 しかし、頭の中は以前と変わらずじまい。むしろ前にも増して考え込む様になりとうとう二ヶ月後には体が衰弱してしまい、倒れて入院させられてしまいました。ノイローゼだったんです。暫く入院した後郷里の親戚の所で静養し、体調を整え、翌年大学へ入りましたが、三ヶ月程通っただけで行かずじまいです。又、前にも増して深刻に悩む様になって来ました。しかし、どんなに苦しくても宗教には頼りたくないという気持は、強く持っていたのですが、偶然、白隠禅師の「夜船閑話」に出合い「おもしろい本だな、自分もノイローゼだし、こうしたら病気が直るのか」という所から、禅関係の本を手に取る様になりました。



 今迄は、宗教的な事は拒否し続けていたのが、こうなると今度は坐禅をしてみたくて、居ても立ってもいられず、「この近くなら鎌倉だ」と電車に飛び乗りました。が、どういうわけか横浜市の鶴見駅で降りてしまいました。本人は鎌倉へ行くつもりで切符も買ってあったんですが、心に大本山総持寺の存在があったんですね。総持寺では一人の雲水さんが話を聞いて取次いで下さったのですが、断わられました。翌日もう一度お願いしようと思い、門前の旅館に泊りました。夜、考え込んでなかなか眠れないでいると、突然、「そうだ、出家すればいいんだ」と思いついたのです。今迄は、ただ坐禅をしてみたいと思っていただけなのが、この時突然「出家すればいいんだ」と自分の心の中から吹き上げる様に思いが湧いて来ました。今まで悩んでいた人生の道が「出家」と答えが出たとたん、嬉しくて嬉しくてどうにもならない、翌朝、朝食も食べずに総持寺へ行って昨日の雲水さんに心の変化をお話し、再び取次いでもらったのですが、やはり断わられてしまいました。



 しかしこの雲水さんが気の毒がって小浜発心寺の東京道場を紹介して下さったのです。東京の品川にある大雲会東京道場、束照寺をすぐに尋ねたところ、ここの老師さんは私の姿を見るなり「あんたもう安心なさいよ」と言うんです。どこの誰かとも聞かずに、いきなりそう言うんです。この時私は即座に「この人が私の慕うべき人だ」と直感し、又安心致しました。その後、暫くしてここで得度出家し、永平寺や伊深の正眼僧堂に掛塔し、それから、転派して八王子広園寺の三浦老師の下に僧籍を移し、国泰寺、南禅寺、そして又広園寺へ戻り、縁あって向嶽寺にお世話になりました。






(「意識を持って行動を (その2)」へ 続く)