「不二」 過去の記事  【紹介期間:平成28年2月7日〜】

 掲載号等  【第95号】:平成23年10月1日  

 萬仭軒 田中義峰老師
 虎渓僧堂  師家 【掲載当時】
 
 日々是好日 (その2)

 
※その1はこちらをご覧ください。

※その3はこちらをご覧ください。
 
因縁
 平成十二年に臨済寺を暫暇し、慈氏院の住職になりました。しばらくして、虎渓山の総代さんや山内の和尚さんが拜請に来られたわけです。三顧の礼です。三度来られて仕方なく、やむをえずですね。これも因縁です。
 平成十五年の四月に晋山式をし、そしてここの火災、不祥事が起こったのが十五年の九月。庫裏からずうっと大玄関、大方丈まで総なめでした。
その前にここで住職をしていた中村文峰老師の管長晋山式が南禅寺でありました。その後私も晋山式を祝ってもらってお祝い事が二つ続いたわけです。そのすぐ後に火が出てしまったというような因縁でした。
 かつて、会長が因縁というものを研究しろと言っていたけれども、人生は因縁でみんなお互いにつなかっているんですよ。あなたとも、さかのぼっていけば一緒になっていく。自分の記憶にはないけれども何かがある。何らかのつながりがあるから、住職で座れることになる。そのときにはわからなくても、あとでよくみるとそういう縁があったということがわかる。ここの炎上も一つの縁でした。




日々是好日
 火災後の気持ちとしては、雲水と一緒に日常底に精進、修行していくということです。これは、再建してくれる方々へのお願いみたいなものですね。「一所懸命修行してますよ」という姿から、また応援してくれる方が出てこられる。こういう火災があったが故の因縁です。地元の多治見の方々とも親しくなれたという因縁です。火災がなければそう親しくはなっていなかったかもしれない。僧堂はもう閉ざされている世界だからね。でも多治見の町の人は虎渓山永保寺を心のふるさととして、あらねばならないお寺、拠り所として皆さんが思ってくれている。それがこういうことが起こったが故に感じられたわけです。
 東北の大震災も災難は災難。ここに良寛さんの歌がある。これはそういうときに出してはいけないという人もおるけれども、そうじゃない。「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候」だ。災難に遭って、なぜそういうことになってしまったか、災難に遭って初めて考えることができるわけだから、ここからまた飛躍して災害復興に頑張っていきましょうという気持ちを養わないとダメですね。だから「災難に逢う時節には災難に逢うがよく候」だ。どうしようもない。突然襲ってくるのが災難だから、それをしっかり受け止める。しかもこれを「日々是好日」とひっかけて、どういう災難に遭っても、この災難に遭ったがゆえにそれを軌軸として、もう少し人間考えなければだめだ。ちょっと心の内を振り返ってみた方がいいのではないか。あまりにもわれわれは贅沢になりすぎた。災難に遭って初めて生きておるという、日々の単純な日暮しができる有難さを初めて知るわけです。電気も機械も何でも使い放題。でもこの災難を機会に、このままでいいのかどうか、よく考えなければいけない。これまた災難に遭ったが故に感じられることです。「病に逢う時節には病に逢うがよく候」。
 病を患らえばやはり人の人情というのがわかってくる。そうして死ぬときにはさっさといけばいい。迷うことはない。無心に生まれて無心に帰っていく。そういうことは別に考える必要はないというのが禅の教えなんだ。死ぬことは別に考えんでいい。無心に生きていくこと。「日々是好日」で一生懸命に生きていく。禅の有名な言葉はごくごく単純だ。「いま」、「ここ」これしかない。この私が「いま」、「ここ」どう立ち向かっていくか、これが禅の根本なんです。「いま」、「ここ」をどう生きていくか。過去のことはどうしようもない。反省の材料にはなるけれども、くよくよしてもどうにもならない。未来を思うても、それが現実として夢がかなうかどうかはわからない。とにかく結論的には「いま」、「ここ」を真剣に生きる。このことしか禅僧として生きる道はないのです。それは皆さん方も、在家の人々もみなそうです。その立場によってどうしてやっていくか。これまたその人の使命としてどう生きていくかを考えてもらうのです。





(つづく 続きは平成28年2月中旬に掲載予定です)